2011/10

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真の創作に辿り着くのは、ただ単に実力だけではない。

最終的な音というものは、結局のところ、個人個人の人生そのもので、その人の生き方が最終的に創作する物の形を決めていると思う。確かに、ある程度の実力が結集すれば、ある程度の物は完成はするけれど、それらは所詮、ある程度の限られた範囲の創作物でしかない。

頭のなかで具体的に描きたいものはあるけれど、本当に創りたい物は、本質的な部分では別にある。それは、サウンドを通じて信頼できる者達との創作過程そのものだ。それぞれが、サウンドの理解を深めるという事は、その人自身の人間的な部分も理解するという事に繋がる。これが、実力を通じて繋がる真の信頼関係だと思う。



無意識に表現しているものにスポットを当てるという事は、それぞれに違った概念と実力があるから、ただ時間が経過しているだけの信頼関係では成立しない。

直球の意見交換をする時、それらを一致させることは容易な事ではない。簡単なものを難しくしてしまっているのは、自分自身の現段階の実力と思考回路でしかない。もっと何も考えずに空っぽでやるのも良い気もするけど、結果的には意味がない。マイナスが存在していないと、プラスに変化させようという自発的な発想と創造力は生まれない。

ただ、現段階のBelle Musiqueの創作において、気合だけではどうにもならないという事は確かだ。


自由にやる事ほど、難しいものはなくて。それなりの縛りがあるからこそ自由を感じる。

途方もない広い空間のなかで勝負するよりは、狭い空間のなかで勝負していったほうが、遊びが感じられて面白い。そうすると、ギリギリのラインで、はみ出せる楽しみもあるから、縛りは逆に、自由度が上がるという事でもある。まずは、自分自身が理解できるだけの許容範囲からスタートしていくことが、自由奔放な演奏に繋がっていく。

これらを可能にするためには、気合なんかでは、どうにもならない。必要なのは、物理的な練習と安定した実力でしかない。


毎日、爆発的な創作が続いているが、自分の思うようにやれていない。殴って解決するなら、殴り倒したい事は多々ある。けれど、結果的に、そういう感情的なものは後には残らないし無意味。

創作に対して、俺のなかで…やるかやらないかの、どちらかしかないから、ぶち切れるまでやるしかない。

充分な実力があったとしても、創作物に近づけない理由のひとつは、自分自身でも気づけない欲が存在していて、その欲に実力が追いつけてない事によって生じているのだと思う。

真の創作物というのは、人に言われてからやるんじゃなくて、理解しようと自発的に行動し、自分自身の実力で心から理解してこそ、その美しさを感じて見ることができる。


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真意を貫いた者だけにしか理解できない音があるように。好み…という言葉の意味も、それぞれの解釈次第で変わっていく。質量を持たないような好みなら、ひとつのサウンドを創っていくうえで必要はない。

真意の存在しないなかで、人に意見を言う事は危険な事で。他人に好みを伝えるのにも、ある程度の実力がないと成立しない。その時々のサウンドが、ぼやけて見えている者ほど、言葉の選択も雑で、互いを尊重する以前の話になる。

仮に、それが見えないものとして、自分自身の好みを人に偽りなく伝えようとするなら、その言葉の真意を整理する事と、最低限の潔さは必要になってくるとは思う。最終的に、話題が音でなくなってしまうと、自分自身のサウンドに毒を盛られてるようなものになる。これは、バンドに必要な実力が備わっていれば簡単に避けれるものなので、全く問題はない。

Belle Musiqueは、自分達の音楽に対して、各々の真意を貫いて、音で会話できているからこそ、お互いを思いやれている。それとは逆に、音で応える事ができなければ、話は別。自分が目指すバンドアンサンブルには、ミラクルなんてものは存在しない。これからも、実力がすべて。


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VoとBaだけのライブも、Belle Musiqueの楽曲だけでいえば、最終的にバンドアンサンブルでレンジを最大限まで広げる作業としては、完璧に近い。

世間的な良い悪いは別にして、演奏と創作レベルに関していうと、自分自身の求める理想には近くなってきている。現時点で、自分自身が他の歌い手と、この過程を踏んで曲を作るとなると、たぶん無理やろう。

ひとつひとつの楽器が増える度に、その難易度は増し続け、それを乗り越えた時にだけ、そのバンドにしかできない更なるレンジを生む事ができる。


楽器を握った分だけ、曲を創造する。誰に言われたわけでもないし、期限があるわけでもない。ただ、創造したい物が、自分の目の前に存在して、それを追いかけるシンプルな工程。良い意味で、気合と実力は反比例し続けるだけで共存はしない。

Belle Musique Monstreが始まってから、自分自身の創作の旬はリアルに2回転半したけれど、根本的に作りたい物は、ここ何年も変わっていない。ひとつひとつのフレーズの質が上がれば上がるほど、曲の没率も上がる。ひとつの曲にこだわっている時ほど、実力と創造力が比例していない事なんてないから、これは、かなり良い傾向にある。

真の創作は、こだわりのない事が、唯一無二のこだわりに繋がって。バンドに依存したり執着してない事が、創造するサウンドへのこだわりに繋がっていく。それに、サウンドとは関係のない欲というのは、求めようとしている音の世界では、全く無意味な物でしかない。

とりあえず明日から、この3週間貯め込んできた楽曲と、Belle Musiqueに必要な実力の全てを放出するだけの作業が続く。求めるサウンドを掴むには、でっかい雷が頭上に落ちたとしても、何事もなかったかのようにベストを尽くせる状態を保っていく必要がある。


今のBelle Musiqueは、バンドとしてシンプルな関係性にある。サウンドにおいても充実している。人間的な部分でも、お互いが心から尊重し合っている。この4人は、自分自身の満足だけで、バンドとしての結果を残そうとは絶対にしない。その事に全く意味がない事を、サウンドを通して理解している。

全員が同じ目線で求めるサウンドに辿り着くには、個人的な意地はいらない。まずは、自分自身の実力を偽りなく知るところから、本当のバンド創作が始まっていくのだと思う。これからも、Belle Musique Monstreは、音とは関係のない物は全て取っ払って、常にベストを尽くせるシンプルな関係性でいたいと思う。


ひとつの物を創りあげるには、そのバンドに必要な実力と真意があれば、そこに辿り着く事ができる。後々の事を考えると、ひとつひとつのサウンドに真意が見えてこないと、前に進むのは難しいし、意味を持たない物になる。

…それを何のために奏でようとしていて、誰のためにやろうとしている事なのか。最終的に、どこに向かって表現したい物なのか。…サウンドに対する真意が必要になってくるやろう。

どんなに小さな事でも、自分自身の真意を、ひとつひとつのサウンドに置いていかないと絶対に行き詰まるし、必ず後悔する事になる。逆に、全く真意が必要でない時というのは、実力が完全に飛び抜けた場合だけに限る。

Belle Musiqueは、ドラムレスとギターレスのライブもやり遂げた。無駄に限界を試しているわけではない。バンドの演奏で、大爆発を起こすための工程でしかない。少ないパートで、最大限までレンジを広げる作業というのは、今後のBelle Musiqueに最高峰のハードルを与え、更に創作を難しいものにしていく。これについては、良い意味でしかない。

それにしても、ベースとボーカルだけのライブは究極やったように思う。パートの少なさと音の繊細さが、感じた事のない緊張感を作り出していたし、これから更に深い音を作るための参考にもなった。とにかく雰囲気の良いライブやった。次回のライブでは、更に足りない音を補い、更に音のレンジを広げ、新たなレンジの曲を作っていこうと思う。


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ポキッと折れても、
もう、お前としかやらないッ。

Belle Musique Monstreは、今の4人でしかやらないし、この4人でしかできないサウンドになった。

こういった物理的な危機が訪れる度に再認識させられるけど、そのバンドに必要な実力さえあれば、最高にシンプルな回答が自分達を待っていてくれる。